top of page
  • 執筆者の写真Naomi

ヨガの教えと感情の起伏。そして異議。


昔の私は感情一直線の強め

気性も海底から富士山なみに激しい。

何が不満がわからなくなるほど怒りあげ、自分でも終わりを見失うこと多々。


でも最近は『あー今私怒ってるな。この一言が気に入らなかったんだな』

『なんだか最近ものごとを否定からはじめているな。聞いていて嫌な奴になってるな』とか。


逆に『気分がいいなー。昨日楽しかったからだ』とか気持ちの浮き沈みを自分で分析できるようになってきた。


だからと言って、感情一直線の性格が変わったかというと、さほど変わってはないんだけど。(変わってくれよ)


なんでこの感情になってるんだろうって原因を探して、自分の感情に納得できるようになってきた感じ。


これはまぎれもなくヨガのおかげだと思う。

自分の感情や言動を俯瞰してみ見るという教えがヨガの哲学にはある。


そうすることで客観的な見方ができ、感情を大きく揺さぶられることはない。

深い悲しい感情に引きづられることもない。


きっとこの教えがヨガを始めて6年?の私に知らず知らずに体感として沁みついてるのだと思う。


ただね、私はこの教えにちょっとだけ異議あり!!


ヨガでは感情がフラットなのが望ましいとされている。

それは深い悲しみだけではなく、大きな喜びも。


常に感情をフラットにすることで穏やかに過ごすことができると。


……ん?

それって楽しいの?

人間としてもったいない。


前にヨガの繋がりの知り合いに大きな悲しい出来事があった。

でもこれも仕方ないこと。学びだねーって悲しみの感情を出さずにいた。


確かに何事も経験。学び。でも自分の悲しんだり傷ついた感情をなくさないで。

どうかその子がつらい時や悲しい時に感情を出せる場所がありますようにと強く思ったことを覚えている。


穏やかに過ごすことも大切。

できるならそうしたい。


でも悲しも怒りも喜びも人間として持っているすべての感情はなくさないでいたいと思う。


悲しいことがあれば大声で泣くし

嬉しいことがあれば飛び上がって喜ぶ


それでいいじゃない。


あまりにも感情に起伏が大きすぎてそこから抜け出せない時、自分を俯瞰で見て分析してみたらいいと思う。


自分が最終的にはそうできると思えれば、感情に振り回されても帰ってこれる。


むしろ成長して帰ってこれる気がする。


だから私はこの教えは自分なりの解釈でお守りのように持っていようと思う。

自分の感情をしっかりと味わおうと思う。

そっちのほうが自分を楽しめる。はず。


私の事をヨガやってても全然落ち着かないなーって思っている周りの方々。

感情の自己分析はできています。

怒ってることも、喜んでることも自分でわかるようになりました。

でも【落ち着く】のは最終形態なので、

もうしばらくくこのままの感情起伏女のままの私をよろしくお願いします。


なおみ


閲覧数:9回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page